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演目 Vol.9 🍃新鋭

牛ほめ

Ushihome / Praising the Cow

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日本語 / ルビ:初級

【まくら】 え〜、一席いっせきもうげますが。ひとめるというのは、なかなかむずかしいものでございましてね。こころにもないお世辞せじならべたところで、すぐに見抜みぬかれてしまう。かとおもえば、案外あんがい不器用ぶきよう言葉ことばのほうが、相手あいてこころとどくこともある。今日きょうは、そんな言葉ことばをめぐる、少々しょうしょうおっちょこちょいな若者わかもののおはなしを、一席いっせきもうげます。

【父の稽古】 なんでもこの与太郎よたろうという若者わかもの少々しょうしょうのんびりというか、おつむのほうがいささかこころもとない。ある、おとっつぁんが与太郎よたろうびつけました。
父:「これ与太郎よたろう伯父おじさんが、このたびあたらしいおうちてなすった。いわいをいにっておいで」
与太郎:「へえ、ってもいいけど、おいら、なにえばいいんだい?」
父:「ばか、ただくだけじゃいけない。お世辞せじのひとつもうもんだ。よし、おしえてやるから、よくいておけ」
父:「まず、お座敷ざしきとおされたら、はしらて、こううんだ。「結構けっこうひのきはしらで、ひとつもふしがございませんな」」
与太郎:「けっこうな、ひのきの、はしらで……ふしがない……」
父:「そうだ。つぎに、天井てんじょうて、「天井てんじょうは、薩摩さつますぎ柾目板まさめいたで、じつにきれいにってございますな」とうんだ」
与太郎:「てんじょうは、さつまの、すぎの……なんだっけ」
父:「まさめいただ。それから、台所だいどころはしらがあったら、「このは、ぜにっておくと、模様もようになって、かえっていきでございますな」とっておやり」
与太郎:ぜにる……なるほど」
父:最後さいごに、牛小屋うしごやうしたら、これが肝心かんじんだ。「このうしはたいそう立派りっぱで、これならうしろに火除ひよけの『火桶ひおけ』をおつくりになるとよろしゅうございます」とうんだぞ。これは伯父おじさんもよろこぶ、大事だいじ文句もんくだからな」
与太郎:「ひおけ、ひおけ……よし、おぼえた」

【伯父さんの家で、座敷を褒めそこなう】 与太郎よたろういさんで伯父おじさんのいえかけてまいりました。
与太郎:伯父おじさん、今日きょうは。おとっつぁんにわれて、おいわいにたよ」
伯父:「おお、これは与太郎よたろう、よくたな。まあがっておくれ」
座敷ざしきとおされた与太郎よたろうおそわった文句もんくおもそうとしますが、あいにくあたまなかがすっかりこんがらがっております。
与太郎:「えー、この……天井てんじょうはしらは、結構けっこうふしが、ひとつもございませんで、ひのきの……いや、柾目まさめの……とにかく、たいそうきれいでございますな」
伯父:「はて、なんのことやらからんが……まあ、めてくれておるのだろうな」
与太郎:「それから、あの、天井てんじょう薩摩さつまなにかで、じつに、ふしがなくて……いや、これははしらったんだったか……」
伯父おじ苦笑にがわらいをしながらも、与太郎よたろう一生懸命いっしょうけんめい様子ようすめんじて、ながしております。

【台所の柱と牛小屋へ】 与太郎よたろう台所だいどころ案内あんないされると、ふとはしらをとめました。
与太郎:「あ、そうだ。伯父おじさん、このはしらは、ぜにっておくと、模様もようになって、かえっていきでございますな」
伯父:「おや、これは感心かんしん。よくづいたな、与太郎よたろう
これだけは、どうやらうまくえたようで、与太郎よたろう、すっかり得意とくいになりました。
伯父:「そういえば、与太郎よたろううら牛小屋うしごやていくかい。このあいだうしったんだ」
与太郎:うし……あ、そうだ、うしのことも、おとっつぁんにおそわったんだった」
与太郎よたろう大急おおいそぎでうら牛小屋うしごやへとかいました。

【牛をほめる】 牛小屋うしごやまえった与太郎よたろうおそわった文句もんくを、今度こんどこそはと、一生懸命いっしょうけんめいおもします。
与太郎:伯父おじさん、このうしは……えーと、たいそう立派りっぱで……これならうしろに、火除ひよけの、火桶ひおけを、おつくりになると、よろしゅうございます」
伯父おじ、これをいて、はたとちました。
伯父:「おお、これはよくった! 与太郎よたろう、おまえ、よくぞづいてくれた」
与太郎:「へ? あの、これ、おとっつぁんにおそわったとおりにっただけだけど……」
伯父:「なんでもいい、これは本当ほんとうにありがたい忠告ちゅうこくだ。あたらしい牛小屋うしごやあたらしく、かわいておるから、やすい。うしろに火除ひよけをつくっておけば、なるほど安心あんしんというものだ」

【サゲ】 伯父おじさん、すっかり感心かんしんして、与太郎よたろう小遣こづかいをにぎらせました。
伯父:「よし、これは褒美ほうびだ。っておきなさい」
与太郎:「へえ、ありがとう。……あれ、伯父おじさん、なんでおいらのったことだけ、そんなによろこんでくれるんだい? はしら天井てんじょうのことは、ちっともよろこんでくれなかったのに」
伯父:「そりゃそうだ。はしら天井てんじょうのことは、なにをってるんだかさっぱりからなかったからな。だが、うしのことだけは、はっきりかった」
与太郎:「へえ、そういうもんかね」
伯父:「うむ。もっとも、おまえあたまにも、ちょいとがあるようじゃで、ぜにでもっておくと、よろしゅうございますな」
というわけで、おぼえたての世辞せじが、おもわぬところでやくつという、めでたいおはなし、これにておひらきとさせていただきます。