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演目 Vol.7 ⚖️中堅

転失気

Tenshiki / The Broken Wind

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日本語 / ルビ:初級

【まくら】 え〜〜、いっせきもうげますが。なかにはったかぶりというものがございましてね、らないことを「らない」と、ひとことえばいいものを、それがえないばっかりに、はじ上塗うわぬりをしてしまう。これはお医者いしゃさまだろうが、おぼうさまだろうが、身分みぶん関係かんけいなく、みなおなじでございます。今日きょうはそんな、ったかぶりがかさなりにかさなって、とんでもない騒動そうどうになるというおはなしでございます。

【和尚と珍念】 まちの、とあるてらに、少々しょうしょうものがお和尚おしょうさまがおりまして。ある風邪かぜをこじらせて寝込ねこんでしまい、かかりつけの玄庵げんあん先生せんせいというお医者いしゃさまをびました。玄庵げんあん先生せんせい和尚おしょうみゃくりながら、こうたずねます。
医者:和尚おしょうさま、近頃ちかごろ転失気てんしきはございますかな?」
和尚おしょうは「てんしき」といて、はてなんのことやら、さっぱりかりません。しかし、ここで「ぞんじません」とっては、一寺いちじ住職じゅうしょく沽券こけんかかわる。そこでましたかおでこうこたえました。
和尚:「ああ、転失気てんしきか。じつはそれが、二、三日前にさんにちまえにひとつ、れましてな」
玄庵げんあん先生せんせいみょうかおをしながらも「さようでございますか」と、そのままかえっていきました。和尚おしょう医者いしゃかえったとたん、きゅう不安ふあんになってまいります。「れた」などと、ったかぶりでこたえてしまったが、いったい転失気てんしきとはなになのか。くわけにもまいりません。そこで、そばにいた小僧こぞう珍念ちんねんびつけました。

【医者への使い】 和尚:珍念ちんねん珍念ちんねんや。ちょいとお使つかいをたのまれておくれ」
珍念:「へえ、なんでございましょう」
和尚:玄庵げんあん先生せんせいのところへってな「転失気てんしきとはなんでございますか」と、いてまいれ。ああ、それから、これは和尚おしょうりたがっていたとはうでないぞ。おまえりたくてきにた、ということにしておくのだぞ」
珍念:「はい、かしこまりました」
珍念ちんねん素直すなおでございますから、われたとおり、玄庵げんあん先生せんせいのおたくまで、とことことかけてまいりました。
珍念:先生せんせい先生せんせい。おうかがいしたいことがございます。転失気てんしきとは、いったいなんでございますか?」
玄庵げんあん先生せんせい、このいをいて、ピンときました。(さては、さっきの和尚おしょうったかぶりをしおったな……)

【医者のからかい】 玄庵げんあん先生せんせい内心ないしんにやりとしながらも、和尚おしょうはじをあらわにわらってやるほど、野暮やぼおとこではございません。かえって、この機会きかいひとつ、からかってやろうとおもいつきました。
玄庵:珍念ちんねんや、よくきにた。転失気てんしきというのはな、にはえぬとうといものでな……そうさな、さけせき使つかう、あのさかずきのことをうのじゃ。それも、大層たいそうめずらしい、値打ねうちのあるさかずきでな」
珍念:「へえ〜、さかずきでございますか。それはりませんでした」
玄庵:「よいか、和尚おしょうさまにも、そうおつたもうせ。ついでに、「先生せんせいも、転失気てんしきみっつほどおちだそうです」とでもうておくとよい」
珍念:「はい、かしこまりました。ありがとうぞんじます」
珍念ちんねん、すっかり感心かんしんして、てらへのかえみちいそぎました。

【和尚、知ったかぶり】 てらもどった珍念ちんねん、さっそく和尚おしょうもうげます。
珍念:和尚おしょうさま、ただいまもどりました。転失気てんしきとは、さけさかずきのことだそうにございます。大層たいそうめずらしい、値打ねうちのあるさかずきだとか」
和尚おしょう、これをいて、内心ないしんほっとむねをなでおろします。(なるほど、さかずきか。それなら「れた」とうても、辻褄つじつまう)
和尚:「うむ、うむ。さすがはわし、ようっておったであろう」
すっかりをよくした和尚おしょう、その午後ごごたずねてきた隣寺となりてら和尚おしょうにも、得意とくいげにこのはなし披露ひろういたします。
和尚:「いやなに、転失気てんしきもうしましてな、あれはたいそう値打ねうちのあるさかずきでしてな。手前てまえみっつほどっておりましたが、このあいだひとってしまいましてな」
となり和尚おしょうも「ほほう〜〜、それはしいことを」と、感心かんしんしていておりました。

【サゲ】 そこへちょうど、様子見ようすみにとやってきたのが、とう玄庵げんあん先生せんせいでございます。
和尚:「これはこれは先生せんせいいところへ。先生せんせい転失気てんしきをおちだそうで。手前てまえみっつほどございましたが、先日せんじつひとつ、すかしてしまいましてな」
玄庵げんあん先生せんせい、これをいて、しそうになるのをぐっとこらえます。
玄庵:和尚おしょうさま……さかずきを、すかす、とは、またみょうかたでございますな」
そこへ、そばにひかえていた珍念ちんねんが、無邪気むじゃきかおでひとこと。
珍念:先生せんせい、このあいだおそわったとおりにおつたえしましたよ。転失気てんしきさかずきだって」
玄庵げんあん先生せんせい、とうとうこらえきれずに大笑おおわらい。
玄庵:「いやいや和尚おしょうさま、さかずきが、すかす、わけがございません。すかしてしまうのは、さかずきではのうて……近頃ちかごろ、おなか具合ぐあいはいかがで?」
和尚おしょうになって、しどろもどろ。
和尚:「い、いや、その……それをもうされると、面目めんぼく次第しだいもございません」
というわけで、ったかぶりがったかぶりをび、とんだちがついたところで、一席いっせき、これにておひらきとさせていただきます。